毎日なんか作ってます

ゴミ屋敷の片付け、衣食住+庭仕事、時々プライベートで感じたことなど、へっぽこDIY生活情報を中心にお届けしていきます。

情報や商品が多すぎて疲れる。「選択疲れ」を防ごうという話

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こんにちは〜。

最近SNSで猫用おやつ「ちゅ〜る」の魔力を知り、うちの愛猫みいさんについうっかりあげてしまいました…

悲劇の幕開け、ねこちゃわんです。

 

結果、毎朝早朝にちゅ〜るを要求されるという睡眠不足が続いています…

(ちゅ〜るは1本50円もします。食事時間は数秒。恐ろしいことです)

毎日は絶対無理ですよ。
みいさん…週1回ね。

早く稼げにゃ!

結果、

猫エサ代を増やすために掛け持ちの仕事を探すことになりました。

(今月は募金したから使える額が少ないんだなー)

猫は煩悩そのものっていう意味がよ〜く分かったよ…

 

そんな前置きはさておき、

今回は私が最近感じた

げっそり❗️

びっくり‼️

について書いていきます。

これ、私だけじゃなくって、今世の中みんな感じていることだと思うんですよ…

え?

何かと言いますと…

 

ジャジャーン!!

「お店もネットも物と情報が増えすぎ!問題」

です。

今これに悩まされてるんです…

今回はそんな

情報疲れと選択疲れに対する心構え

を考えていきます。

ことの発端は本屋さんだった

先日、仕事帰りに街の本屋さんに行った時の話です。

私は

「食べれる雑草」

「お茶にして飲んでも死なない雑草」

についての情報を得ようと思ってウキウキ♫本屋さんに行きました。

 

ところがドッコイ!!

 

そこにはパッと見ただけで

10冊を超える「食べれる野草、山菜関係の本」が…

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アババババ…
多すぎて混乱する… 

(画像はほんの一部です)

実際には上や横の方に、

新刊の「食える野草、山菜関係の本」もっといっぱい🌟並んでいます。

その他「野草盆栽」や「野草リース」、「野草園芸」についての本もギッチリ…

 

私が食べられる野草について調べる場合、ハーブや薬膳、山菜、田舎暮らしのレシピ本などについても一緒に調べます。

その中から一番欲しい本を買います。

しかし、

本屋に行ってそれらの系統の本を見ると、

ざっと40冊は並んでいました。

これ、
全部中見て比較して買えるかな…??

私はお金を払うことに関してはかなりシビアなので、

自分が一番良いと思った本

が欲しいのです。

 

なので、

その場で比較検討できる豊富な品揃えの本屋さんはとてもありがたい存在なのです。

 

でも、結局私はその日、本を選ぶことができませんでした。

全部中身を確認していく途中で

疲れきってしまったからです。

代わりに全然関係ない本を衝動買いしてしまいました…

なんなんだろう…??

この敗北感は……

私が歳をとったせい??

いいや。違う。

明らかに本の量が増えすぎているッ!!!

 

猫と暮らすDIY、DIYインテリア、多肉植物、自然に優しい家庭菜園、ハンドメイド本、猫本…

 

私が前から気になってたのはこのあたりのテーマですが、

ここ数年で一気に

「同じテーマを取り上げる本」

が間違いなく増えています。

特に猫!!

しかも、立ち読みして見比べても、差異が分かりにくい!!

どれも良い本なんです。

とても困ったことに…

けれど、

数種類の本を読み比べても

「絶対にこれが一番!」

と決めきれなくなっているんです…

選択肢が一気に増えすぎている

10年前は「多肉植物本」を買うのにも苦労して、「すっごい地味なサボテン図鑑」を買ったりしてたのですが、今では大量に多肉本が出てますね…

増えすぎです。

 

オタクの友達と話してても、

「え?そこ??」

「そんな作品あるの??」

物凄く細かい好みへの豊富な供給量に驚かされます。

増えてるのは実用書だけじゃないんですね…

 

後日、

服屋さんや雑貨屋さん、キャットフードでも、

「魅力的な商品が多すぎて選びきれないよ問題」

が発生しました…

なんで買い物をしたいだけなのにこんなに疲れるの…??

私がネトフリを解約したワケ

同じような問題を私はAmazonプライムとNetflixでも感じています。

AmazonプライムもNetflixもどちらも定額で映画が見放題の配信サービスです。

仕事から帰って夕食を食べながら映画やドラマを観るのが私の贅沢な時間でもありました。

 

けれど、両方加入して3ヶ月経った頃…

ありすぎてわけわかんねえッ!!

げ。選ぶだけで30分もかかってる!
もうご飯食べ終わっちゃった…

つ、疲れた…

こんなことを繰り返すうちに

私は動画を観るのが楽しくなくなってきました😭えーん

 

連続ドラマやアニメを観ているときは良いのですが、そのシリーズを観終わった途端に次何を観るかを選ぶのに時間がかかるのです。

豊富な選択肢を眺めても、気持ちが次第にウキウキしなくなっていきました。

気がつけば、「ウォッチリスト入りの作品」ばかりが増え、消化しきれない日々…

 

もちろん好きな作品はいっぱいありました。

Netflixオリジナル作品は真面目なドキュメンタリーやドラマも充実していて、とっても楽しかった。

ミニマリストのドキュメンタリーもすごく良かったです。

ずっと観たかった作品が観れたのも万々歳でした。

 

でも、

最終的に私はネトフリを解約しました。

選び疲れたんです…

ありすぎる選択肢は疲弊する

ありすぎる選択肢に苦しむ中、

情報にも食べ物などと同じようにそれぞれ消化の時間が必要

だと私は痛感しました。

 

物に関しての断捨離やミニマリズム、断食、糖質塩分カット等は流行っていますが、

情報や選択肢に関しても断捨離をしないと気持ちがげっそりしてくる

ことに気が付いたのです。

 

実際にこんな研究もあります。 

ドイツの3都市の新車販売店で、750人の顧客を対象に次のような実験を行い、その結果を2007年の論文で発表しました。

ドイツでは、新車を購入する際、事前にカスタムオーダーするのが一般的で、顧客は以下の選択肢の中からそれぞれ1つを選ばなくてはなりませんでした。

 

私たちは、750人を2つのグループに分けて、それぞれ何をどのように決断するかを実験しました。

(中略)

56種類の内装色から決断していった降順グループは、26、25と進むにつれ、次第に自分で選ぶことを放棄するようになりました。

結構早い段階で「もうデフォルト(標準設定)でいいです」と、決断するのをやめてしまったのです。

一方、4種類の変速ノブから決断していった昇順グループは、降順グループよりも多くのカテゴリーを自分で選択しました。

56種類からはじめた人たちは、すぐにヘトヘトになってしまい、4種類からはじめた人たちは、しばらくヘトヘトにならなかったわけですね。

最初の方にたくさん決断させれば、顧客は「決断疲れ」をおこし、デフォルトを選ぶようになるのですーー

衝動買いも予算オーバーも 「決断疲れ」が原因?|出世ナビ|NIKKEI STYLEより引用させていただきました。

一部色変えをしています。

 

残念ながら、物質的に豊かになって選択肢の量が増えるほど、情報や物選びに本気になるほど、人は疲れるようにできているのです。

情報、商品選びはもはや娯楽ではない

悲しいことに、先日の本屋敗北事件の帰りに私はそう感じました。

 

子どもの頃から本が大好きだった。

新しいことを学ぶのも、家族揃って本屋さんへ行って自分の選んだ本を買ってもらうのも大好きだった。

いつも本や情報にはワクワクさせられっぱなしだった。

ほんとうに心が辛い時にも、何か楽しいことを企画する時にも、本や情報には助けてもらった。

 

でも、
もう辛いです💦
楽しい気持ちだけで本が選べない!

私には、たとえそれが好きな情報であっても、今の溢れる情報を消化しきれません…

情報の入力と出力はバランスよく

情報を受け取るのは楽に見えて、実はそんなに楽じゃない。

ほんとうは情報を入力するのも出力するのも、疲れるのは一緒。

自分に足りてないのは

「出力する習慣」

「消化しきる習慣」。

 

そんな風に思ったのは、昔読んだ養老孟司先生の本に「入力と出力のバランス」について書かれていたのをふと思い出したからです。

(どの本に書かれていたのかは忘れましたが…)

今のこの状況、
明らかに過入力なんですよ。
気をつけないと。

自分の身体で体験して学ぶということ

これは長年私が保育園で働いて感じたことです。

子どもたちを見ていると、

人間は本来実践したがっている生き物

なのだと感じることが多々ありました。

「それ、やらせて!」

「お手伝いさせて!」

「外へ行かせて!」

「見せて!」

「触らせて!」

「自分でやるから見てて!」

「ギャハハハハ〜!!!」

とにかくなんでもやりたがる子が多いのです。

こっちが

「やめてくれ!」

「危ないから待ってくれ!」

と言っても全然聞かないのです。

 

もう彼らは何かをやりたくてしょうがない。

知らないこと、自体と知ったこと自体が楽しくてしょうがない。

子どもたちは様々な情報を全身で受け取りながら、出力も同時にします。

そして、気絶したように眠ります。

それで心と学びのバランスが取れているのです。

本来の学びとは何か考え直す 

自分で新しいことに挑戦するのは楽しいことです。

挑戦すること自体が入力であり、出力でもあります。

身体と心を全部を使って笑い、身体と心を全部を使って泣く。 

そういう経験をさらに深めるため、

省略するため、

自分にまだないものを補うために

情報、物などを道具として使う

のが本来の学びであり、在り方ではないか??

そんな風に私は考えています。

 

けれど、

今の世の中を大人の視点から見てみると、

実際にはその道具があまりにも多くて、自分が主体なのか、道具が主体なのか分からなくなってくるのです。

私がネトフリで疲弊したのも「映画をいっぱいみること」が主体になってしまったためです。

自分で何かをしよう、補おうという体験よりも先に、物や情報がそこをカバーしすぎているという感覚。

個人の細やかなニーズに応え続けたとはいえ、

今の情報、物の流通量ははっきり言って異常です。

 

「買う、選ぶ」ということを心から楽しめない。

ありあまる物や情報が「豊かさ」ではなくて、別の何かから目をそらすための「飢え」の象徴にも思えてきます。

かつてゴミ屋敷を作り上げた我がばあちゃんの心のように…

情報や物をほんとうの財産にするために

ノウハウは実践するからこそ財産になる。

物はそこに自分なりの物語が生まれるから財産になる。

物語は心でしっかり噛みしめるからこそ財産になる。

 

情報も食べ物とおんなじですね。

ゆっくり咀嚼して飲み込むことが大切。

腹八分目が大切。食べ過ぎると胃がもたれるから。

何事もよく噛んで、ゆっくり味わって、感謝していただくこと。

 

保育園でも習う基本のことですが、外へ出るとあまりにもいろんなものが「消耗品化」しすぎていると感じます。

情報や物がありすぎるせいで全部ジャンクフードみたいになっちゃってます。

どれもこれも素晴らしい商品なのに、私はそれだけの量を消化して対応できない…

自分を満たすのはシンプルな情報でいい

情報と商品選びに疲れた結果、

自分の身に入る情報や選択肢も粗食化していけば良いのではないか?

と今は感じています。

 

あえて情報を見る時間を減らす。

自分に必要な情報がなんなのかを見極める。

なんのために情報を得ようとしているのかを意識してみる。

情報や商品に向き合うときは消化できる余裕がある時にする。

キリがないから、商品に一番良いものを求めない。商品選びに多少失敗しても死にはしない。

 

情報疲れを起こさないために、

意識的に情報を断つ

情報を消化する

出力して心のバランスを取ることがとても重要でしょう。

断捨離の「断」と「離」ですね。

 

また、

(私も含めて、うちの家族はこれをよくやりがちなんですが…)

「私の武器は情報量なのよ!オホホ!情弱ねぇ!」

なんて下品な情強マウンティングなどいらないのです。

知らないことは恥ずかしいことじゃないんですから。

どうでもイイことは知らないまんまでも、イイ。

 

「自分に必要な情報や生き方は何なのか?」

を突き詰めて知っていればそれでイイ。

 

情報やノウハウが溢れすぎている現状だからこそ、

情報の量よりも自分の心に響くものを大切に見極めよう。

 

過入力された情報や疲れを整理するために、情報を消化(昇華)してから出力してみよう。

 

そんな風に感じております。

 

ちょっとで良いんだよ。ほんのちょっとで。
こんなになくても幸せになれるからさ。

 

〜おしまい〜

とりあえず、ちゅ〜るの存在は悪魔的です…
魚の方が安いってどういうことだよ😭💦